一緒に耐えよう、立ち直ろう!東北! がんばろう!日本!

2013年10月31日木曜日

「待ち」の姿勢では何も動かない....

40歳になった時は、少々感慨深いものもありましたが、

過ぎてしまえば、もうミソもクソも変わりありません(^^;

42になったんだっけ?43だったか?

....計算するのも邪魔くせー♪


さあ、本題に。

連載「車いすハンドボールの今後」です(^^

前回までに、「歴史」は終えました。


どなたでもそうだと思うのですが、

「文句ばかり言うヤツ」はお嫌いではないでしょうか?

σ(^^も嫌いです。

そして、気がつけば「文句ばかり言う自分」に辟易としています。

こんな事ではいけません(^^;


で、状況を良くしたいといろいろと考えて、

いろいろ取り組んでいきたいと思っているわけです。

チェアスキーでもそうでしたし、車いすハンドボールでも同じです。


これまでの、σ(^^たちドリーマーズは、

まずは「楽しむ」そして「勝つ」という事を意識して、

「目の前の大会に集中」してきました。

負けるのはいいとしても、次は勝てるようにと練習を重ねます。


これが良かったのか悪かったのか、

それぞれの大会では、宮城フェニックス戦を除いて、

まず負けることはなくなりました。


同時に、ドリーマーズと戦うチームから戦意を奪ってきたようです。

勝敗どころか、ひどい時には「35-2」などという圧倒的な結果を突きつけられて、

「次こそは」なんて考えるチームなんて、そうそういないでしょうね。

唯一の例外は、「大阪NRF(ネルフ)」さんのみです。


さて、ここで「ニワトリたまご」論の出番なのですが、

「勝てないから頑張ろう」とするのが先か、

そもそも「練習する体制にない」から勝負出来るほどの練習が出来ないのか、です。


練習を頑張るためには、練習する場所やチームが必要ですが、

そういった体制をイチから作っていかなければならないのも大変です。


大会直前に結成された即席のチームが一念発起したとしても、

定期的に練習する場所を確保するのも大変なはずです。


練習もままならない即席チームが、

大会でスコスコにやられて「一念発起」しようとも思わないでしょう。


ニワトリが先か卵が先かに似た、この悪循環を止めるには....


会場を確保して、「車いすハンドボール体験会」を企画したとしても、

さて、どのぐらいの人が来てくれるかな?


大学や養護学校などに「飛び込み営業」を仕掛けたとして、

実際に取り入れてくれるのはどの程度あるのかな?


なかなか、先の読めない話です(^^;

となると、「現場から少しずつ」が基本になりますな。


まずは、現在のチームが活動しやすいようにサポートするのがお仕事に違いない。

もちろん、健常者だけでは話になりませんので、障害者の方々へも働きかけなければ....


そして、「連盟が何もしない」などという批判一辺倒でもいけません。

それはそれ、これはこれで、出来ることから始めていかないとね♪


具体的にどうするかは、次回に(^^

次回「楽しく見えなければ誰もしない。楽しく見せなければ誰も見ない」

併存する3つのルール....

いきなりですが、ここで質問です(^^

「2年間」ときいて、みなさんはどのように思われますか?

長い?短い?なんにしても、結構な時間だとは思うんです。

あてのないことを思い続けるには、σ(^^にとって2年というのはあまりにも長すぎました。


「全国大会」の開催が決定したと聞いた時、

「あれから、もう2年も経ったんだね」と思うぐらいに、です。






いつ行われるのか解らないイベントを

待ち続けるほど、殊勝ではないσ(^^は、

相も変わらず「本業」のチェアスキーに

勤しんでいました♪





この間、全国大会運営サイドではいろいろとあったようですな。


まず、車いすハンドボール本家「京都ルール」では、

早々に「全国ルール」との連携を拒否します。

「もともと、競技性を低くしたルールなのに、

 本格的な競技大会への関与は矛盾する」

というところでしょうか。


そりゃそうですわな(^^;

「椅子バス」が出来ない重度障害者のために作られたルールなのに、

健常者と戦わなくてはならない「全国ルール」に荷担する意義はありません。

この時点で「2つのルール」となります。


一方、「大阪」との軋轢も生まれたようです。


「大阪」では「国体」の翌年、「全国」に先駆けて、

「全国ルール」を取り入れた第1回大阪大会が開かれます。

その時点では、「大阪を足がかりに全国へ!」と謳われていましたが、

何回かの全国大会開催後、連盟内部で「何か」がありました。


最も熱心に取り組んでいた大阪の役員さんたちが連盟から離脱。

「大阪大会」は独自路線を辿ることとなりました。


しばらくは「大阪」も「全国」もルールは共通でしたが、

「全国ルール」はより競技性を高めた(健常ハンドに近づけた)ものに改正され、

大阪大会は「旧全国ルール」での運営のままとなりました。

こうして「3つめのルール」が出来上がったわけです。


以来、3つの団体は「不干渉」、「非協力」の姿勢で、

今日までその冷え切った関係を維持しているわけです。

なんだか、プロレス団体みたいですな(^^;


車いすハンドボールの歴史を簡単に綴れば、こんな感じになります。

ただ、これは「近畿」の事情です。


「東日本」では、ルールは「全国」ひとつのみ。

それぞれの進化が同じ道をたどるはずがありませんが、

近畿と共通して言えるのは、どちらも「普及」に手こずっているということ。


「東日本」では「東日本大会」または「全国大会」の制覇が目標。

そういった雰囲気の中で、障害者への普及がなかなか進まない。


「近畿」では、「楽しんで」プレイする障害者が「そこそこの数」でいるのですが、

「京都」、「大阪」から「全国」へ参加しようという雰囲気までいかない。


そんなこんな何やかんやでいつの間にか、

健常ルールをアレンジした「世界ルール」で、

「世界選手権」が開催されるにまで至りました。

これが「4つ目のルール」です♪


さあ、どうする?日本の車いすハンドボール界???


....ちなみに、「世界選手権」では、

南米各国とオーストラリアのみの参戦だったようで、「EHF」の参戦はありませんでした。

ハンドボールの本場ヨーロッパと「何か」あったのかと勘ぐってしまいます(^^;


以上が、歴史を踏まえた車いすハンドボール界の現状です。

じゃあ、とりあえずは何から手を付けていこうかね?


ということで、遅くなりましたがコメントのご紹介です♪
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10月28日(月):「2001年って、ずいぶん昔の話だなぁ....」

大阪NRF(ネルフ) Fukushima様のコメント

「連載ありがとうございます。
 車いすハンドボールに携わる人間としてとても興味深く、
 そして個人的に待ち焦がれていた話題に結構テンション上がっています(笑)

 全国同様、変革が必要な大阪においても、繰り広げられてきた大阪の歴史を知り、
 今後の展開を考えていきたいと思っています。
 勝手な要望ですが大阪の歴史も織り交ぜて、
 車いすハンドボールの歴史を振り返っていただけるとたいへん嬉しいです(願)」


ありがとうございました!

取りあえず、解る範囲で「大阪の歴史」を書いてみましたが、
肝心の、連盟との確執は解らずじまいです。
想像するに、あの会長と....何か「いいこと」があったに違いない(^^;

「京都」とは違い、「大阪」は「前向きな離脱」ですから、
将来の展望を描くには「いい環境」にあるのではないかと思います。

こちらも出来る事はお手伝いしたいと思いますので、
思い切って、「大阪」を盛り上げていってください!

そのうち、「全国」が頭下げてくるぐらいに♪
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さて、今後は何から手を付けようかな....

次回「出来る事から粛々と」

2013年10月28日月曜日

2001年って、ずいぶん昔の話だなぁ....

いやいや、今朝は寒かった(^^;

思わず石油ファンヒーターに火を入れちゃいました♪


さて、前回から「車いすハンドボールの歴史」を綴っています。

2001年の「国体」の話からでしたね。


2001年といえば、今の小学6年生や中学1年生が生まれた年。

ミレニアムの感慨もまだ冷めやらぬ時期。

全国障害者スポーツ大会の第1回大会が宮城県で開催されました。


かつて京都から伝わった車いすハンドボールがこの大会のオープン競技として採用され、

この時から「良くも悪くも」車いすハンドボールは大きく広がりを見せることとなりました。


京都大会では無敵を誇ったドリーマーズは、

「国体」という場でその強さを見せつけてやる!

と、意気揚々乗り込むのです(^^


予選リーグで「宮城フェニックス」と初対決。

どんなチームが参戦しているのかさっぱり解らない中、

いろいろ考えていてもしようがない。


てゆーか、

σ(^^たち強ぇし?

どこが相手でも関係ねぇし?

てな感じでプレイしていたのです。


失礼な話ですが、

宮城フェニックスに対しても同じスタンスでいました(^^;


当時の「京都ルール」は、運動能力に差が出ないように、

発祥時よりも速攻などの対応が出来ないようにルール改正が行われていました。


一方の「東北ルール」は発祥時のまま。


速攻をしにくいルールの下でプレイスタイルを組み立てていたσ(^^たちドリーマーズは、

東北勢の速攻を織り交ぜた猛攻に手こずります。


しかし、対宮城フェニックス戦を含め「予選を何とか勝ち上がった」ゲーム展開が、

σ(^^たちを楽観的な雰囲気にさせてしまいました。


ちなみに、後にも先にも宮城フェニックスに勝ったのはこの一回きり(^^;

決勝トーナメントでは再選した宮城フェニックスに「スコスコ」にやられて、

一回戦敗退の屈辱と共に帰宅したわけです。


敗因はシンプルです。

今までのやり方で間違いないと信じて疑わず、

当地のルールに対応しなかったことです。


それまでのドリーマーズは、「速攻」をしにくいルールの下で、

キーパーですらオフェンスのひとりと考えていました。

切り返しの展開が速くても、キーパーはゴールまで戻れる余裕がありましたから。


でも、「東北ルール」では、気がつけばゴールネットが揺れている状態でした。


キーパーをオフェンスに組み込んでいて、

そのキーパーが攻撃に参加出来なくなって、

「ひとり少ない」状態に対応出来なくなったということ....


で、「井の中の蛙の王様」は顔から火を噴いたと(^^;

懐かしく恥ずかしい思い出です♪


この国体後、「全国大会」が開かれる方向だと耳にしました。

そうなれば、今度は宮城フェニックスにお返しだと息巻くのですが、
                   (当時は「倍」とかなかったです^^;)
第1回大会まで、さらに2年の月日が流れます....


思い出話はこのぐらいで。

次回、「『全国後』の車いすハンドボール界」

2013年10月26日土曜日

どんなことにしても「歴史」は大切....

「歴史」と言えば、真っ先に思い浮かぶのが「学校の授業」ですよね。

もしくは「専門家の領域」というイメージでしょうか....

どちらにしても、ふつーに生活していると「シンパシー」なんて感じませんね(^^;


でも、何か興味のあることを掘り下げようとした時に、

「その歴史」を知っているのと知らないのとでは大きな差があると思うんです。


車いすハンドボールの今後を語るのであれば、

「車いすハンドボールの歴史」を手繰らなければということで、

まずはその発祥からまとめてみましょう。


そもそも、車いすハンドボールは、

車椅子バスケットボールに取り組む事が出来ない重度な障害者の方に、

「スポーツの楽しさ」を解ってもらいたいという発想から始まっています。


出来る限りシンプルで運動能力に差の出にくいルール。

危険な接触行為はダメ。

扱いやすいボール。

走りやすい広さのコート。

守りやすい大きさゴール....


様々な工夫を凝らして、いわゆる「京都ルール」が完成しました。

ルールが出来上がった時に付けられたのが「車いすハンドボール」という名前で、

健常のハンドボールとは、一切関わりのないスポーツです。


重度の障害者のみではなく、老若男女健常身障問わずスポーツを通じて交流を深め、

楽しい時間を過ごそうと言うのが大目的です。


このルールで始まった「全京都車いすハンドボール大会」は今年で24回目の開催となり、

毎年毎年、この大会を楽しみにしている方々が多くの参加をされています。


そして、一番最初にこのルールが京都を飛び出した先は東北地方でした。

彼の地でも車いすハンドボールは普及し始め、

東日本大会として開催が続けられていたようです。


ただ、「京都」と「東北」は遠く離れているので互いに交流し合うこともなく、

σ(^^自身、東北地方で車いすハンドボールが盛り上がっているなんて全く知りませんでした。


そんなふたつの地域が相まみえる機会がありました!

宮城県で開催された全国障害者スポーツ大会(いわゆる「国体」)に、

オープン競技として車いすハンドボールが採用されたのです。


当時、京都ルールにおいてすでに「無敵」を誇っていたσ(^^たちドリーマーズ。

例え開催地が遠くアウェーであったとしても、

「負け知らず」で、発祥地のチームという「プライド」も合わさって、意気揚々と乗り込みました。


そして、現在にまで至る因縁のライバル、

「宮城フェニックス」との初対決と相成るわけです(^^


次回「死闘!初対決!!」

2013年10月24日木曜日

車いすハンドボールの今後....

このブログをご覧になっている方だけでなく、

どなたも「趣味」をお持ちではないでしょうか?

どんなことでもそうだと思うのですが、

「趣味」を始める時には「何かのきっかけ」があったと思います。


それが何かはいろいろとあるでしょうが、

おそらくは「楽しそう」という思いが間違いなくあったのではないでしょうか?

無理矢理やらされて、イヤでイヤでしょうがなかったけども、

いつの間にか楽しくなったという方もおられるかも?ですが....(^^;


車いすハンドボールでも同じです。

「楽しそう」だから始める。

それは間違いないことだと思います。


そして、「楽しくない」から続かない。

σ(^^たち経験者は、「楽しそう」に見せなければなりませんし、

「楽しくない」と思わせてはいけないと思うんです。

その上で「車いすハンドボールの普及」に取り組まないといけません。


今回から、「車いすハンドボールの今後」のために、

頭を整理してみようかなと思います。


車いすハンドボール界で中心的な存在は、

「王者」宮城フェニックスさんと、

「障害者」を混ぜて編成されている大阪NRF(ネルフ)さん、

そしてσ(^^たちドリーマーズの3チームです。


各チームで共有している課題は、「車いすハンドボールの普及」。


ここ数年の全国大会では、

だいたいいつも同じチームが集まって、

だいたい同じ内容のゲームが展開され、

そして全く同じ結果が続いています。


11回の開催の間、姫路、岡山、和歌山、滋賀、徳島と会場が変わりました。

会場を変えていくことで、それぞれの地区での普及に繋げようという目論見が、

連盟にはあるんでしょうけども、全く効果は出ていません。


それぞれの会場ごとに「新たなチーム」が参加してきましたが、

「常連」というほどに定着してきませんでした。

全国大会にあわせて急遽編成されたチームが、

宮城フェニックスさんやσ(^^たちドリーマーズと対戦して「スコスコ」にやられちゃったら、

モチベーションなんて続くはず無いですわな(^^;


ところで、今回の開会式や閉会式では、役員の挨拶でこんな言葉がありました。

「JPCの正規加盟団体になるには、『障害者のチーム』が20チーム必要だ」

「現在の連盟では、スタッフが決定的に不足している。

   世界を見据えたご意見やご支援をお願いしたい」


そりゃ、言いたいことは山ほどありますよ?

でも、かつても意見具申をしましたが、全て無視されてきておりますが?

連盟内部でも不平不満があるように聞きますので、

そもそもが組織の体質の問題でしょうね。


まあ、組織批判を繰り広げていても詮無きこと。

連盟は連盟で活動してもらったらよろしい。


σ(^^が今考えているのは、

宮城フェニックス、大阪NRF(ネルフ)、そしてドリーマーズの3チームで連携して、

少しずつ車いすハンドボールの発信をしていけないかということです。


そのためには、何から手を付ければいいのかな....?

2013年10月23日水曜日

いろいろな思いと団体競技の難しさ....

しばらくは、車いすハンドボールネタで引っ張れそうです♪

まずは、頂いたコメントのご紹介から(^^
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10月21日(月):「やっぱり「不思議な負け」は無かった....」

匿名(ikuo)様のコメント
「全国大会お疲れ様でした。
 今年もハードな試合が出来て嬉しかったです。
 個人的には、お互いの手の内を理解した上での、心理戦だったと思います。
 来年も、良い試合が出来るよう頑張ります。
 今年よりも強い宮城フェニックスにご期待ください(^o^)」


ありがとうございました!

本当は、もうすこし宮城フェニックスさんを焦らすつもりでしたが(^^;
これまでお互いに、さんざんやり合った間柄です。
少々のことでは、上下関係はひっくり返りませんでしたね....

「今年より強い宮城フェニックス」???
ホント、勘弁して下さい(^^;


大阪NRF(ネルフ) ふくしま様のコメント
「全国大会、そしてその動画編集お疲れさまです。

 宮城フェニックスのみなさま、優勝おめでとうございます!
 決勝戦はとても勉強になりました!

 我がネルフは今大会、ドリーマーズさま・宮城フェニックスさまと対戦することができました。
 結果は惨敗。ボールコントロールや決定力以前の反省点が山積みの大会でした。

 2週間後の大阪大会では、今回の反省をバネに
 ドリーマーズさまとの再戦に臨みたいと考えています。
 よろしくお願いいたします!」


ありがとうございました!

こちらこそ、全国ではお世話になりました(^^
お互いに、宮城フェニックスさんは高い壁ですなぁ....

さて、撮影頂いた決勝戦の映像ですが、いかがでしたか?
こちらとしては、本当にいいアングルで撮って頂きました。
大阪大会ではゲームの合間をみて、動画を見ながらチームディスカッションの予定です。

そして、大阪大会の決勝戦では、
全国では叶わなかったベストメンバー同士でのゲームを楽しみましょう(^^

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コメントにもあるように、σ(^^の思いとikuo様の思いが、

それぞれの立場で微妙に違っていて面白いですなぁ。


σ(^^の思いとしては、

これまでのオフェンスを応用させたオプションを用意して、

その目論見は当たったと考えていたのです(結果はともかくとして....)。

一方、Ikuo様の思いによれば、お互いの手の内を解りきった上での心理戦だったと。


考えてみれば、「いい感じ」で攻められたと思いつつ、

土壇場でミスを繰り返してしまうのは練習不足とメンタルの弱さが原因です。


メンタルの弱さをさらけ出してしまうほど、

フェニックスディフェンス陣のプレッシャーがきつかったということでしょうか。

そして、その弱さを克服するだけの経験を、1年の間に積めていなかったということ....

いやいや、勉強することが多いですなぁ(^^


じゃあ、どうするの?ってことが問題なのですが....

何はともあれ、「生きたゲーム」を多く組んでいくということでしょうかね。

その繰り返しで「実戦経験」を積むほかありません。


東日本大会に参加して感じたのですが、

彼の地では大学生たちがたくさん参加していて、

その全員が「打倒宮城フェニックス」を信じて目の色を変えています。


宮城フェニックス代表のIkuo様のブログにもあるように、

「全国大会よりも連覇の難しい東日本大会」なのです。


方や近畿圏はどうかと言えば、かつては大学生の参加も多く、

「全国制覇」を果たしたチームもあったぐらいに、

レベルが高かったものですが、それも今は昔。


学生以外でも、大会のたびにメンバーが揃うかどうかが、

心配の種というところが少なくありません。


実はσ(^^たちドリーマーズも「ギリギリ」のメンバーでして、

今回の全国大会Day1(予選リーグ)なんて2名が不参加で、

急遽、マネージャーに参戦してもらったぐらいで(^^;


なんでそんなチーム事情のところが多いの?


それもこれも「普及」がしっかり出来ていないからなんです。

「普及」が進まなければ、「競技力」も上がりません。

全国大会でも「楽しけりゃいい」とは言っても、

強いチームに、「スコスコ」にやられて楽しいはずはないんですよね。

そんな状態で「普及」なんて進むはずありません。


....んー、堂々巡りになってるな(^^;

これは一度、きちんと頭の中を整理しなければ。

てことで、例によってだらだらと連載始めますのでよろしくです♪

2013年10月21日月曜日

やっぱり「不思議な負け」は無かった....

ちょいと疲れ気味ではありますが、

元気いっぱいに月曜日を迎えた山本新之介です(^^


すでにお知らせしていたとおり、この週末は、

第11回日本車椅子ハンドボール大会に参加してきました。


大方の予想に反せず、今年も優勝カップは飛行機で仙台に飛んでいきました(^^;

















まずは、優勝した「宮城フェニックス」さんに敬意と嫉妬をこめて、

おめでとうございました!と申し上げたい♪


とりあえず「百聞は一見にしかず」です。

決勝戦の模様をお送りします。


撮影は「大阪NRF(ネルフ)」のFくしま様です。

無理をお願いしました。

本当にありがとうございました!






(いずれも、ハーフタイム又はタイムアウトで途切れています)


ご覧頂いてお解りのとおり、

σ(^^たちドリーマーズはミスを連発、

ミスの数だけ点差が開いていきました。


この車いすハンドボールのルールは、

実力が拮抗している2チームが対戦した場合、

点差がそんなにつかないような作りになっています。


その理由のひとつは、得点後のリスタートにあります。

得点後、ボールはセンターラインに戻され、

再開の笛までオフェンスは敵コート内に入れません。


その間にディフェンス陣はしっかりと構えることが出来るので、

そう簡単に攻め込むことができなくなるのです。


一方、シュートやパスの凡ミスなどで得点出来なかった場合は、

「足の速い」プレーヤーがボールを待たずに攻め込んでくるので、

守備は後手に回らざるを得ないのです。


で、ポストにしっかりと入られてしまえば、

そのポストプレーヤーを潰すために本来のディフェンスの形を崩さざるを得ない。


そして、状況に合わせて振り回され得点される。

そして、再び「不利」なセンターリスタートを強いられミスを犯す....

その繰り返しで、圧倒的な大差となりました。


この結果が全てで、敗者に抗弁の機会はないのですが、

あえて「負け惜しみ」を書かせてください(^^;


前の投稿にも書いた通り、

王者「宮城フェニックス」の「突破口」は間違いなくありました。

そして、そこを突く作戦も的中していたと思うんです。

実際に、宮城フェニックスのディフェンスは崩せていたと実感してます。
          (先方の評価は違うかも知れませんが....^^;)


ただ、なんといっても「決定力」不足。

そして、中盤のボールコントロールの未熟さが致命的でした。


司令塔の負傷やくだらない退場行為などもあり、

言葉を選ばずに表現するならば、

σ(^^;たちドリーマーズの「自滅」以外のなにものでもないと言ったところですね。


でもまあ、「来年」に向けた大きな収穫があったことも確かです。

また1年、頑張っていきますよ♪