一緒に耐えよう、立ち直ろう!東北! がんばろう!日本!

2014年2月3日月曜日

十人十色:20140128HakubaSG....

本題に入る前に....

本日、チェアスキーヤーがゲレンデ滑走中になくなったというニュースを目にしました。



木に衝突か、スキー場でチェアスキー男性死亡



残念極まりない出来事です。

直接に存じ上げている方ではないのですが、

同じチェアスキーヤーとして、心からお悔やみ申し上げます。


このニュースを受けて、正直、どういう言葉がふさわしいのか見当が付きません。

明日は我が身かも知れないと思い、細心の注意を払って滑るしかないのでしょう。


思えば、家を出て、ゲレンデで滑り倒して、そして家に帰る。

それが当たり前のようになっていたのは否定出来ません。

無事に帰ることが一番の目的なんだと、改めて教えられました。

本当に、心からご冥福をお祈りいたします。


では、本来の投稿へと筆を進めます。





ようやく、「ジャパンパラ冬季競技大会アルペンスキー競技(通称:ジャパラ)」の「観戦記」も、

最終日のDay4を迎えることが出来ました(^^


リザルトの情報のみを手がかりに、

「妄想」と「嘘八百」を並べ立てた「フィクション」も、

これでひとまず打ち止めです♪

では、もうひとがんばり、お付き合いをお願いいたします!

リザルトはこちらです(^^

    IPCフォーマット(男子のみ
    国内格式(女子男子


1月28日(火)0500時。

窓の外はまだ日の出前。

心配していた天気の崩れも、低気圧はなんかすることなく杞憂に終わった。

未明の空に星が瞬くことはなかったが、鼻につく冷気が気持ちよかった。


ジャパラもいよいよ最終日を迎えた。

パラリンピックイヤーということで、代表選手を取り巻く状況は実に喧しい。

嫉妬することすらおこがましい立場だが、

彼らの視界にはどのような景色が映っているのか、非常に興味深く思う。


実力に遙か遠く及ばないのはよく理解しているが、

どうすればそこにたどり着けるのか皆目見当がつかない。

少しずつでも近づけている、そう信じていなければ精神が崩壊してしまいそうだ。

今日も、そのわずかな成長の実感を得るために、車をゲレンデへと向ける。


低気圧の勢力は、この白馬までは及ばなかった。

その代わり、張り出した高気圧からの暖かい南よりの強い風が、

厚着をしてきたことに少しの後悔を与えている。


リフトを乗り継ぎ、Super-G(スーパー大回転:SG)のスタート地点にが見えてきた頃、

眼下には、ウォームアップをする選手たちが奏でるエッジングの音楽が聞こえる。

そのリズムと音程は、「名曲」と言えるかも知れない。

しっかりと圧雪された雪面は、演奏者たちののエッジをしっかりと捉えて放さなかった。


標高1,403mなどと聞いても、ピンと来ない。

ただ、太陽を隠しきれなくなった雲たちがやたらと低いところを流れていくのはわかる。

思わず、天に手を伸ばしそうになる衝動を抑え、

あと滑ることが出来て2本程度だろうか、自分も斜面に身を委ねた。


身につけているビブ(ゼッケン)はエントリー中、最も大きな数字。

これは、いまの自分の「位置」を示している。

もっと若い数字を付けられるようになるのはいつのことだろうか。


一番若い数字、つまり、一番早いスタートを切るのは村岡桃佳選手

どんなに欲しても、この番号は付けられない。

「女子」にならない限りは。


4番 阿部敏弘選手、5番 伊藤史雄選手、
6番 三澤拓選手、  7番 山崎福太郎選手が並ぶ、

Standing(立位)クラスにも変更は難しいだろう。

何とか細胞での再生医療がどうたらで、

脊髄損傷すら治療出来る可能性が出てきているとニュースで耳にするが、

それも近未来の話だろう。

しばらくは、LW10-1という区分で戦うしかない。


その区分が属するSitting(チェアスキー)クラスも、

バケモノじみた選手たちが揃っていて、半ば呆れているのが正直なところだ。

 8番 夏目堅司選手
 9番 森井大輝選手
10番 鈴木猛史選手
12番 狩野亮選手
14番 谷口彰選手
15番 横澤高徳選手

....横澤選手の姿は見えないが、

あとの5人が纏うナショナルチームウェアの色彩は、

自分が違う場所にいることを強く意識させる。


暖かい。

関係者の無線から流れるコース状況が耳に入る。

既に気温は+2℃まで上がっているそうだ。

聞けば余計に暖かく、いや、暑さすら感じ始めた。

生暖かい風が、首にじっとりと絡みつく。


「インスペクション(コース下見)では、一番最初にコースへ入った方がいい」

そんなアドバイスを受けたことがある。

だが、未だに実行出来ていない。


どうしても憚れるのだ。

威圧感を背中に感じていると、どうにも集中出来ない。

だから今も、こうして時間待ちの最後尾にいる。


少しだけ早い時間に、VisuallyImpaired(視覚障害:VI)クラスがインスペクションへ入る。

その後、全選手がコースへなだれ込んでいく。


一番最後にコースへ入るメリットが確かにある。

理想とすべきライン上を選手たちが進んでいくからだ。

ナショナルチームは、既に高速系を何戦も戦い、

それぞれが自らの最速ラインをイメージ出来ているはずだ。


しかし、国内でしか活動出来ない自分には、未だにSGの滑り方がわからない。

それどころか、SG板を履く機会すら数えるほどしかないのだ。


こんな状態で勝負など出来るはずもない。

出来ることといえば、他の選手たちがなぞろうとするラインを「見て盗む」事しかない。

もっとも、見てすぐにトレース出来ようはずもなく、

結局のところ、コース上でもだえ苦しむことになるのだが....


スタート下から眺める緩斜面に、見えるゲートは5つ。

その先は、まるでコースアウトするかのような「落ち込み」がある。

ここは、一般営業日には滑ることが出来ないコースサイドの法面。

事実、コースアウトなのだ。


左ターンから切り返し、先の見えない法面に飛び込むと、

本来は「林道」になっているところに出る。

緩斜面とは言え、ある程度のスピードが出ているところへ法面を駆け下りれば、

相当な視界の狭さを感じる。


さらに、林道には、その両幅一杯を通らなければならないようにゲートが立つ。

コースネットのすぐ横を掠めるようにターンするのは、とてもシビれる。


そんな2ターンを過ぎればコース幅が広がる。

安心するのもつかの間、1枚バーンの中斜面に飛び込む。


ここも先は見えない。

どの方向へ飛び出すのか、しっかりと決められなければ、

飛び込んだ先でスキー板をずらさなければならなくなる。


3ターンで緩斜面に移る。

ここの林道は平坦ではない。

ただでさえ狭いコースの上に「うねり」があるため、通せるラインはごく限られる。

ということは、中斜面の脱出方向をコントロールしなければならない。

ここでラインを調整しようものなら、

ハエが止まるようなスピードでこの区間を耐えなければならない。


そうなれば、この先の「M'sジャンプ」もただの「棚」。

そんな状態でそこを越える時には、きっと、「ヌルッ」という音がするに違いない。

なんとしてでも、ここは「スパッ」という音を奏でたい。


「M'sジャンプ」の先はいよいよ「タテッコ」だ。

だが、すぐ斜面全体が見えてくる訳ではない。


急斜面へ誘うゲートがひとつ。

それを潜らなければ全容を把握することは出来ない。

当然、見えないゲートの入り方まで考えてラインを取る。

その方向に間違いがないと確信できた時、初めて、

恐竜が口を開けたような斜面が視界に飛び込んでくるのだ。


この瞬間だけは無力さを感じる。

「落ちて」いかなくては競技にならないが、「落ち方」がまるでわからないのだ。


チェアスキーを始めた時、教えられたのは「安全な止まり方」だった。

そして、「安全なスピードコントロール」だ。

どこの誰も「限界ギリギリのコントロール」など教えてくれなかったし、練習する環境もない。

途方に暮れながら立ち止まる。


そうそう。練習の環境がないといえば、昨期は大変な目にあった。


毎週のようにゲートトレーニングが出来た菅平高原。

ナショナルトレーニングセンターの廃止の知らせを受け、定常的な環境がなくなった。

そして、時を同じくして、

ナショナルチーム入りに最も近かった、「居残り組」最後の選手が引退した。


練習場所と同志を同時に失い、途方に暮れていたのが昨期のこの時期。

今期の状況も、実はそんなに好転はしていない。


恐竜の胃袋を呆然と眺めている自分に気がつく。

恨み言を言ったところで、この恐竜と戦うのがイヤなら逃げ出すしかないのである。


とどのつまり度胸一発、その嚥下に逆らうことなく落ちていくしかないのだが、

ただ呑みこまれるだけでは「餌食」になるだけだ。

その中へ飛び込み、胃を食い破って打ち破らねばならない。


「世界」で戦うナショナルチームでも、

DownHill(滑降:DH)レースはろくなトレーニングが出来ずに、レースは一発勝負らしい。

何十mものジャンプがあるDHで、そんな事が可能なのか?


かつて、誰だったかの又聞きで伝えられたことがある。

白馬のSG、外国人選手に言わせれば「Too,easy」なのだそうだ。

きっと、ナショナルチームでも同じ事を感じているのかも知れない。


思わず頭を振っていた。

しなければならないことはまず、「この口」に飛び込むこと。

後はもう、どうにでもなれ。


中腹にツーゲート(2ゲート1ターン)がひとつ。

「馬止めジャンプ」前にもうひとつ。


本当かどうか知らないが、「タテッコ」を駆け下りてきた馬が、

その落差に思わず立ち止まったのが「馬止め」という名前の由来らしい。


馬が止まるようなところ、人間が止まってしまっても許されはしないか?

レースという修羅場ではきっと、許されないだろう。


ツーゲートをクリアし、次のオープンゲートで「馬止め」に飛び込む。

まっすぐ飛ぶだけであればまだいいが、飛び出した空中で重心移動をしなければならない。

スキー板が飛ぶ方向と体の向きを合わせてしまえば最後、次のターンに入れないどころか、

無理矢理曲がろうと板を操作した途端に、間違いなく「胃壁」に消化されてしまうことになる。


飛び出しながら、体の重心は次のゲート方向へ向ける。

そうすれば、板は自分で勝手に曲がっていってくれるはずだ。

何度も何度も「その瞬間」をイメージしてみる。


その都度、肌に泡が立つ。

「世界」で戦う選手たちは、この作業を「無意識」のうちにやってのけるのだろう。

「タテッコ」の入り口での葛藤をもういちど繰り返し、「馬止め」を降りる。


残るは「咲花ウェーブ」、うねりのある緩斜面だ。

緩斜面なりの難しさはあるのだろうが、

ここは「ご褒美」のようなものだろう。

気持ちよく滑ってレースを終えよう。


無意味かも知れないと思いながらゲートを数えていた。

その数41。ターンは37だった。


フィニッシュエリアから出て、コースを見上げる。

やはり、その急斜面の偉容には圧倒される。


数十分後、自分はここをどのように滑り降りてくるのだろうか?

想像がつかない。


簡単に脳裏に浮かぶのは、ナショナルチームの選手たちが、

途方もないタイムで競り合う姿だけだ。

一度、コース脇でその滑りを見てみたい。

しかし、自分がスタートした頃には、きっと勝敗の行方に沸き上がっている頃だろう。


ふと我に返る。

ここは、スタート地点より寒いような気がする。

南風は山の上ほどよくない。


スタートまで、わずかに時間に余裕がある。

いつもながら、この時間帯だけは持てあます。


Standingクラスや、歩くことの出来るチェアスキーヤーは、

建物の中で休憩をしているようだ。

積極的な理由がない限り、麻痺を持つ身としては、愛機と共に雪上にいることになる。


20分近い時間をかけてスタート地点にまで戻ってからは、

インスペクションの記憶を辿るか、スタッフの忙しそうな姿を眺めるのが仕事だ。


ナショナルチームの談笑の輪に入るという選択肢はあるが、

まるで戦い前とは思えないほどの楽しそうな雰囲気に、溶け込む自信もない。


スキーの技術論を尋ねるなど、どうも場違いな気もする。

きっと、快く講義してくれる選手たちばかりのはずだが、

気後れしてしまうのは少々歯がゆい。

このあたりの積極性も、レーサーには必要な要素なのだろう。


村岡選手がスタートハウスに入っていった。

小さな体の選手だが、この先はきっと大きくなっていくはずだ。

堂々としたスタート。

思い切りのよさは若さ故、という訳では決してないのだろう。

まだまだ縮められるはずのタイムがアナウンスされている。


男子Standingクラスの選手とは、まず交流がない。

かつて、菅平で毎週のようにゲートトレーニングに参加していた時に、

来ていた選手と話したことがあるというぐらいか、レースの現場で見かける程度だ。


トリノパラリンピックをTVで見た。

阿部選手が映っていたのを覚えている。

軽やかに滑走していくその姿、いま、同じように目の前を滑り降りていく。


60秒間隔でのスタート。

だが次のスタートタイマーの音が、選手を送り出すことはなかった。

阿部選手のコースアウトをアナウンスが伝える。

大事なければいいのだが。


再開されたスタート。

伊藤選手。

彼とは、菅平で言葉を交わしたことがある。

この白馬でのSGでは、いいタイムで滑り降りている。

海外遠征が効をを奏し始めたのだろう。


次に備えるのは三澤選手。

彼ともほとんど言葉を交わしたことがなく、TV画面の中だけの存在だ。

トリノ大会で、東海選手の銀メダルに喜びの涙を流した姿を鮮明に覚えている。


あれから8年。

時が経ったのを覚える。

三澤選手の速さもその時間に比例している。


山崎選手は、気さくな選手であり、とても礼儀正しい。

いつ話しかけても丁寧に答えてくれる。

それが直接的にレースの結果に繋がることではないにせよ、

思わず応援したくなる選手とはそういうものなのだろう。


山崎選手の姿が見えなくなった直後、アナウンスは三澤選手の独走を伝えた。


夏目選手がスタートバーの前に構える。

いよいよ、男子Sittingクラス。

突然、体がこわばるのを感じた。


気がつけば、どの選手も顔つきを変えている。

一瞬にして空気が入れ替わった。


コースへ躍り出るチェアスキーは、

まるで空母から弾き出される戦闘機のようにも見える。

やはり、ここは戦場なのだ。


夏目選手、森井選手、鈴木選手。

一定の間隔で飛び出す選手たち。

そして、一定の間隔でアナウンスされるタイム。


1分14秒30。

夏目選手のタイムに後続の選手たちが唸る。

かなりいいタイムなのだろう。

もしかしたら、そのあたりが勝敗ラインなのかも知れない。

「世界」で鍛え上げられた戦士達の独特の嗅覚とでも言おうか。


さらに大きな唸り声が上がった。

1分12秒20。

「Crazy....」

続いてスタートした韓国人選手がつぶやきを残していった。

森井選手が圧倒的なタイムを叩き出したのだ。


鈴木選手は大きく遅れてしまったことがアナウンスされる。


森井選手を止められるのはこの人か。

狩野選手。

高速系エースが空気を切り裂いていく。


スタートが止まらないということは、レースが順調に進んでいる証拠だ。

もうひとりの韓国人選手、そして、谷口選手が続けざまにスタートしていった。


狩野選手もターゲットタイムには届かなかったようだ。

改めて森井選手のタイムに驚く。


最後のひとり。

観客でいられるのはここまでだ。

これからどれだけ自分と戦わなくてはならないのだろうか。


間違いなく、「世界最高」の滑りを目の当たりにしている。

努力を惜しまなければ必ずそこに届く。

そう信じていなければ、スタートは切れない。

何年かかるかわからないが、必ず....


今回は、少々書きぶりを変えてみました。

もうお気づきと思いますが、今野英樹選手の視点での構成です。


孤軍奮闘のチェアスキーヤー。

σ(^^;が逃げ出すように「足を洗った」のちも、

レーサーとして活動を続けておられます。

もう、申し訳ないやら、ありがたいやら(^^


華やかで煌びやな「光」の陰で、

こういった地道な選手達も頑張っているということをお伝えしたくて、

今野選手にはご登場いただきました♪


では、最終順位のおさらいです!

女子Sittingクラス

優勝 村岡選手

男子Standingクラス

優勝 三澤選手
 2位 伊藤選手
 3位 山崎選手
 DF   阿部選手

Sittingクラス

優勝 森井選手
 2位 狩野選手
 3位 夏目選手
 4位 谷口選手
 5位 鈴木選手
 7位 今野選手
 DS   横澤選手

以上のように相成った♪


名残惜しいことですが、これにて白馬から帰路につきます(^^

しばらくは「観戦記」もお休みです。


ジャパンチームは国内での高速系合宿を重ね、

今月下旬には、「本番」へ向けて出国します。


イタリア経由ソチ行き。

一行は、ワールドカップファイナルで、最終の確認と調整を行います。

てことで、次回はイタリアからお伝えいたします(^^

それまでみなさんごきげんよう♪

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