昼夜を問わず、おれの領域に近づいてきていたのは知っている。
相手にしなかった。いや、する意味を見つけられなかった。
そんなに利口そうな奴でもない。
首輪を付けているところを見ると、奴もどこかの飼い猫だ。
ご近所づきあいなど気にしたことはない。
いちいちちょっかいを出してくることも気にくわないが、
毎年、入れ替わり訪れる何匹かの内の一匹程度としか見ていない。
「若造が....」
おれは、犬走に詰め寄り何か言いたそうな奴の姿を、
無造作に見下ろしているだけだった。
奴はいつも、網戸越しに気にくわない視線を送ってくる。
時には、激しく威嚇してくることもある。
何が気にくわないのか。
「若造が....」
何度となく口にした言葉をもう一度つぶやき、
おれは、無造作につばを吐き捨てた。
ここ数日の暑さは、留守を守るおれにはかなり辛かった。
日中の食欲は当然無い。
水はしっかり飲む。
先祖は砂漠で過ごしていたらしく、
おれにもその遺伝子は受け継がれているようだ。
日が傾き、おれに留守を押しつけていた主たちが帰ってくる。
その瞬間、おれの自由な時間が始まるのだ。
開け放たれた窓から、心地よい風が注ぎ込まれる。
至福の時。そう表現することにためらいはない。
それは誰にとって不幸な時間だったのだろう。
おれにとってか、主にとってか。
それとも奴か....
奴がおれの視界の端に現れ、
眼前にやってくるまでそんなに時間は要らなかった。
そして、おれの体の中に澄み渡っていた幸福感は、
奴の視線を受けた瞬間、今日に限って激情へと変化した。
おれは文字にならない叫びを上げ、奴の目をめがけて飛び込んだ。
いつも、おれと奴の間に立ちふさがり、
おそらくはおれの激情にブレーキをかけてくれていた網戸に構うことなく。
おれは、何かに支配されていた。
それは怒りではなく、喜びだったのかもしれない。
いままで、おれの中でとぐろを巻いていたどす黒い何かを、
全て吐き出すことが出来る喜び....
気がつけば、おれは主に抱きかかえられ、
飛び込んだ草むらから持ち帰ったくっつき虫をむしり取られていた。
何とかという草の臭いが主の鼻を曲げたようだ。
おれはそのまま、シャワー室へ連れ込まれた。
一時の衝動が、全てを狂わせた。
おれは、「切なそう」と表現される毛繕いを、
その後しばらくの間、続ける羽目になってしまったのだ。
しかし、なぜか主の表情は明るい。
奴を追い払ったことを、褒めてくれているようだ。
おれの名は「にゃあ」。
近所では評判の猫だ。
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